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2017年10月18日 (水)

10月16日主日礼拝

秋雨の中の礼拝。
季節の変わり目で体調を崩される方も多く、欠席が目立ちました。
それぞれに主のかえりみといやし、お支えをお祈りしました。
聖書 コリントの信徒への手紙(1)1:26-31
説教「十字架の言葉(2)ー弱さと低さにある救い」
衆議院の選挙を前にしているからでしょうか。
いつにもまして、世のけん騒に心は疲れを覚えているようです。
こんな中だからこそ、み言葉に聞き、また主イエスに聞く意味が大きいと思わされます。
さて、教会は、この時期、行事が続きます。
それらについては、フェイスブックをご覧ください。
礼拝後、教会でランチを食べました。
「きのこがたくさん入った混ぜご飯」、おつゆ、あとは・・かぼちゃの煮物だったかな?
優しい秋の味でした。
毎月二回ですが、教会でランチがでます。
残りは、お茶がでます。
一緒にご飯を食べたり、お茶を飲みますと、いろいろと互いにお話ができます。
よい交わりの機会となっています。
その後は、定例役員会。いろいろと必要なことを話し合いました。
夕拝。少ない人数ですが、よい交わりの時です。
礼拝後は、参加者一人一人が、自己紹介や近況報告をします。
そこでも、よい交流ができます。
少ない人数なんですが、そこにこそ、イエス様が共にいてくださることが、実感として伝わってきます。
私もそんな夕拝が大好きです。
いつまでも、この夕拝が続くことを願うものです。
 
 
 

2017年10月11日 (水)

10月8日(日)神学校日礼拝

この日は神学校日礼拝でした。
説教は、加藤秀久神学生が担当してくださいました。
礼拝後は、お茶の会、そして、委員会がありました。
季節のうつりかわるときです。
体調の不調の方もおられます。
でも、季節としては、良い時ですね。
自然の美しさを楽しみ、実りを味わうことができます。
さあ、そのような穏やかな時の流れと裏腹に
世間では慌ただしくなってきました。
別に、この世離れのように、無関心なのではありません。
関心はあるのですが、言葉の空しさというものを今日の政治には、感じられます。
モーセの十戒の一つに「隣人に関して偽証してはならない」があります。
でも、現実の世の中、特に言葉や、言葉に基づくルールが大切にされるところで、
言葉の裏切りがあります。すると、何を信頼してよいのか。信頼関係が崩れてしまいます。
どうしたらよいでしょう。
やはり、憲法に基づいて、一つ一つを積み上げていかなくてはならないのでしょう。
その誠実さということがないと、もはや、言葉を信頼して聴くということはなくなります。
これは、教会という場でも、同じことです。
言葉の権威の失墜。これは、一度失われると、なかなか回復には時間がかかります。
心したいものです。
また、この日本の社会において、神の御前で、本当に喜ばれる真実と公正、正義が行われる
ように祈って参ります。
さて、礼拝での聖書は、エフェソ4:17-24
説教「主イエス・キリストへ従う心」加藤秀久神学生
 
 
 
 
 

2017年10月 3日 (火)

10月1日聖餐礼拝

いつのまにか、柿が熟して食べ頃になっています。
秋の静寂さと自然の移り行くさまが心に残りますね。
そんな穏やかさとは裏腹に、日本の政局も、世界の情勢も、めまぐるしいですね。
アメリカの大統領は、北朝鮮の総書記に、小さなロケットマンとあだ名をつけました。
そんなアメリカの大統領をあだ名で呼んだら、どうなる?
昨晩のわが家の話題でした。
「ジャイアン」?? でもジャイアンは、心優しい一面もあるし、
トランプさんは、「トランプ」と言うのが一番かもしれませんね。
いい意味でも、悪い意味でも、「トランプ」というとあの方と、皆に記憶されることでしょう。
さて、教会では、ある面は、落ち着いた礼拝、他方では、めまぐるしいともいえる動きがありま
す。それはなんといっても、教師の交代ということでしょうか。
だとしても、礼拝においては、み言葉に聞き入り、聖餐の恵みにも与って、新しい出発をしま
した。感謝です。
聖書 ルカ5:1-11
説教 「沖へ漕ぎだせ」
 

2017年9月25日 (月)

9月24日 賛美(合同)礼拝

聖書 ヨブ記36:15-16
マタイ26:36-39
説教 「苦しみを通ってこそ、苦しみから救われる」
この日敬老のお祈りを礼拝の中でしました。
礼拝後には、敬老祝会
ごちそうを共にし、75歳以上の方々のスピーチをいただきました。
そのひとつひとつがとてもすばらしい味わい。年輪を感じました。
まったりと秋の日を過ごしたという感じでした。
前日の土曜日は、インターナショナル
の交わりで、多国籍の方々が集まり
この日は、高齢の方々を中心に交わりをし、
さらに、夕拝では、ユースによる賛美夕拝。
夕拝後は、ピザトーストで会食。
つまり、最後は若い方達、
土日で、総勢約80名の方が集い、まさに、老若男女が一つに集まった。
すばらしいときでした。
 

9:月17日主日礼拝

コリントⅠ 1:18-25
「十字架の言葉の威力」
この日は、台風の影響で、欠席される方も多かったようです。
それにしても、この時期の台風は、ブーメラン台風と天気予報士さんがいっていましたが
大きくカーブして、見事に、日本列島を縦断していきました。
でも、少しだけ、予報がはずれたのは、千葉県のところは、それほど影響はなかったようです
さて、台風ではありませんが、今、千葉北総教会で、大きく揺さぶられているのは
牧師の交代ということについてです。
おかげさまで、来年度からの後任牧師は、決定いたしました。
あとは、わたしくしだけです。
どうぞお祈りください。
共々よき出発となりますように、お祈りください。

2017年9月14日 (木)

9月10日主日礼拝

この日、久しぶりに、大串の説教。この緊張が、やっぱり心地よいですね。
教会員が、玄関を大きな秋の草花で飾ってくださいました。
気持よく礼拝を迎えました。
この日の礼拝
聖書 ルカ2:22-36
説教 「われらの展望」
礼拝後は、臨時教会総会
この総会において、2017年度末に、教師の交代が決まりました。
山内慎也先生 40歳
どうぞ、よろしくお願いします。
大串の行先については、この総会の辞任決議を経て、先方教会で動きだします。
クリスマスまでには明らかになることでしょう。
どうぞ、千葉北総教会と、2人の教師のために、お祈りください。
新しい出発が導かれますように!
 

2017年9月 4日 (月)

9月3日聖餐礼拝

いきなり秋らしい天気になりましたね。
夜は月がきれいですし、また、朝晩は涼しい風が吹きます。
夏の旅行に行かれた人、夏休みだった学生さん、子どもたち、いろんな方が帰ってきて、
賑やかに礼拝をささげました。そして、この日の礼拝は、Y牧師を迎えて説教をお願いしました。実は、千葉北総教会は、次年度において牧師の交代を準備しています。Y牧師は、その後任候補者です。礼拝後は、Y牧師家族を囲んで会食をし、教会員はその後残って懇談の時を持ちました。
次週は、この牧者を後任の牧師としてお迎えするかどうかの教会総会をいたします。
そして、わたくし、大串の辞任をおはかりする総会です。
千葉北総教会は、今、大きな転換期を迎えています。
去る者もあれば、迎える者もいるのです。
人生は旅です。
教会も、旅しています。また航海をしています。
主がこの旅に同行されますよう、主かこの航海において、わたしたちの舟に同船されますように主の憐みを祈るのみです。
また、皆さんの旅路を主が守ってくださいますようにお祈りします。
 
 
今週は牧師の一言を紹介します。

牧師室より

この夏の出来事から。「天国図を想像す」

この土地を取得してから5年あまり、わたしたちを毎年楽しませてくれたビワの木が、虫にやられて、この夏突然枯れてしまいました。S兄を中心にして何人かで木を切り倒し撤去作業をしました。思えば、今年の初夏も小ぶりながら多くの実をつけて、わたしたち人間を楽しませ、またその残りを鳥たちがきれいにたいらげました。甘くジューシーでした。

その2、東側に庭の干し草を腐葉土にするための木の囲いがあります。そこに、オオスズメバチが巣を作っていました。専門家を頼んで駆除してもらいました。かわいそうでしたが出入り口です。被害があってからでは遅いので、早めに対処しました。

その3、たぶん庭で何年も生きていたガマガエルくんが、教会の長い私道で、つぶれて息絶えていました。おそらくこのガマくん、夜、教会の玄関の光に集まってくる虫たちを狙ってよく出没していた、あのガマくんです。ガマくんが、バッタをくわえる珍しい瞬間も目撃しました。

その他、そのカエルを狙ってか、ヘビもこの教会の敷地には住んでいます。このヘビも、夜、玄関でお会いしたことがあります。

最近、涅槃(ねはん)図の絵を見る機会がありました。ブッタが死んだ際に、数多くの動物たちが、寄り添っている場面のようです。まるで、天国ではないかと想像を膨らませ、見入りました。

わたしたち人間が天に戻るだけではないのです。生き物たち、動物たちもまた、わたしたちと一緒に天国で憩うことができる。いのちは神様から来て、神様のもとに帰ります。8月26日子どもの教会の夕涼み会で、子どもたちにそんなお話をしました。

この週報を作成している夜、道端でたぬきとばったり会いました。この教会は、自然と共にあります。天国を想像できます。なんか癒されますよね。

2017年8月31日 (木)

8月27日賛美(合同)礼拝

この日は、子どもの教会と合同礼拝です。
 
大串牧師は休暇中ですので、東京神学大学から大学院一年のS神学生をお迎えして
礼拝をしました。
すても素直な、簡潔にまとまった説教。しかも、言葉の一つ一つに実存がこもっている
素敵なみ言葉をいただきました。
S神学生が今後、伝道の最前線に出られ、牧会経験を積んでいかれることを通して
さらに豊かにみ言葉を取り次いでくださることでしょう。
その将来性といいましょうか。希望を感じるひと時でした。
また、過渡期にある千葉北総教会にぴったり、感謝でした。
原稿はありませんが
この日の聖書は
哀歌3:22-23
主の慈しみは決して絶えない。
主の憐れは決して尽きない。
それは朝ごとに新たになる。
あなたの真実はそれほど深い。
使徒言行録2:41-47
2:41 ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。
2:42 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
2:43 すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。
2:44 信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、
2:45 財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。
2:46 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、
2:47 神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。
説教「教会の姿と成長」
礼拝後は、S神学生を囲んで会食、また一年間奉仕をされたTCU実習生の感謝会
中国の実家にはしばらく帰国される信徒の歓送会をかねて食事をしました。
この日はまた、次期主任担任教師の候補者の名前が公表されました。
次週、お見合い説教となります。
いよいよ時が満ち、動きだしました。
その後、11/3バザーに備えた委員会
夕方から、ユースたちによる賛美練習。
午後6時から
ユース賛美夕拝
その後、食事会をし、TCU実習生の歓送会パート2をしました。
昼食はちらし寿司
夜は、カルフォルニアロール風の巻きずしをみんなで挑戦!
賛美あり、言葉あり、おいしいものありで楽しい食事でした。
前日の土曜日は、午後5時から夕涼み会
こちらは、FBで報告しました。
流しそうめんなど、楽しくおいしい時を過ごしました。
また、当教会の東京神学大学の奉仕神学生が夏期伝道実習から帰ってきたので、昼も夜も食事の際に、夏期伝道の報告会をしました。
有意義な経験をされたようで、感謝です。
夏の最後の土日は、こんなにアクティブに過ごしました。
 
別れる人、新たに迎える人、そんな旅を感じさせるひと時でした。
人生は旅です。その旅に同行される主がいます。それぞれに、
祝福を祈るものです。
 

2017年8月21日 (月)

8月20日主日礼拝

日照時間が足りない、珍しい8月となりました。
ネギが2倍の高値となっているそうで。
トランプ政権ガタガタ?
アメリカと北朝鮮との緊張、少し和らぐか・・
このときときとばかり、戦争の準備をどんどん進めてしまう政府・・
なんとも落ち着かない日々です。
そんな慌ただしい日常の中で、あるいはそこから離れて
静かなる礼拝の時をもって自分を見つめる。
とても大事なことだと思います。
礼拝の中で、聖書のおはなしがあります。
それは、つまるところ、イエス・キリストのおはなしです。
特に、それはイエス・キリストの十字架のお話です。
そのことを、教会では繰り返し、繰り返し、お話する。そして、それを集う人は、
繰り返し耳にする。
 
面白いのか?面白いのかというとそうでもないかもしれません。
ためになるのか?というと、それほどすぐにためのなることでないかもしれません。
ありがたいお話なのか、そけほどありがたいということでもないかもしれません。
じゃなんで、みんな教会に行くの?なんで、繰り返し、キリストの十字架の話をありがたそうに
聞くのか?ありがたくないようで、やっぱりありがたいのです。面白くないようで本当に、面白
 
いのです。
この話を聞くと、神の前で、自分の罪が明らかにされて、神のみ前に悔い改めが起こります。
それは、ただの反省とは違います。人生の方向転換がそこで起こります。
すぐに、180度生き方が変わるということにはならないかもしれません。
でも、微調整として、少しずつ変化していくのです。
この生き方が変わるということが素晴らしいのです。
みなさん、この世の中で、自分自身を本当に冷静に客観的に見つめるということが
できますか。自分に都合のよいようにということではなくです。
また、自分の生き方が変わるということがありますか?それがここにはあるのです。
すばらしいと思いませんか?
どうぞ教会に来てみてください。
聖書  コリントの信徒への手紙(1)1:10-17
説教  「一つになるために」
 

2017年8月16日 (水)

8月13日主日礼拝

この日とうより、その前日、あることに気づきました。
 
それは、教会の敷地内に立っているビワの木が枯れたことに気づいたことでした。
2010年にこの敷地を購入する以前から立っていたビワの木です。
毎年というわけではありませんでしたが、それなりにたくさんの実りがあって、
教会の皆さん、わたしたちを楽しませてくれました。
それが、この年に突然、枯れてしまうなんて。
そういえば、今年は、小ぶりですが、たくさん実らせ、わたしたちと鳥たちを楽しませてくれまし
 
た。あれは最後の力を振り絞ってのことだったのだと、思わされます。
そして、なにかガテンがいくのです。
今年度は、牧師が辞任して、来年度新しい教師を招聘しようとしています。
 
それと重なっているのだ!
そういうことなのだ!
と納得がいくのです。
やがて新しい時代がやってくる!
そのことも、希望として与えられています。
今年度は、しるしとして、何かの樹を植えるというのもよいかもしれません。
千葉北総教会は、ここから新しく出発いたします。
13日の礼拝
聖書は詩編90:1-17、ルカ24:28-29
説教「わたしたちの宿るところ」
 

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